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札幌地方裁判所 昭和40年(ワ)615号 判決 1966年6月21日

原告 佐野藤助

<ほか八名>

右九名訴訟代理人弁護士 林信一

被告 株式会社北海道拓殖銀行

右代表者代表取締役 東条猛猪

右訴訟代理人弁護士 富田政儀

同 河谷泰昌

被告 日本銀行

右代表者総裁 宇佐美洵

右訴訟代理人弁護士 山根篤

同 下飯坂常世

同 海老原元彦

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(原告らの主張)

原告ら訴訟代理人は「被告日本銀行札幌支店作成名儀にかかる別紙文書(以下本件文書)というは真正に成立したものでないことを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一  被告株式会社北海道拓殖銀行(以下拓銀という)は、今次太平洋戦争中樺太に支店を設置しており、原告らはいずれも樺太在住当時右被告拓銀の樺太支店に別表記載のとおりの預金債権を有していた。

ところがその頃樺太庁長官の緊急引揚命令により、原告らはいずれも右戦争の終戦前後にまたがる昭和二〇年八月一三日から同月二三日の間に、前記預金の預金通帳のみを懐中に急きょ日本内地に引揚げてきた。そして内地に落ち着くと早速、つまり昭和二〇年一〇月二日以前から同月一五日まで引き続き被告拓銀に対し、その預金債権の払戻を請求した。ところが、同銀行は被告日本銀行(以下被告日銀という)札幌支店作成名義の別紙文書を根拠に、連合軍総司令部の命令により、右預金は封鎖されたとして昭和二九年一二月一日までその支払を拒んだ。

二  しかし、右文書は、被告日銀札幌支店の一係長にすぎない訴外鈴木正一なるものが、被告拓銀に懇請されて、作成権限がないのに作成したものである。すなわち、

1  本件文書は、被告拓銀に対し「閉鎖命令発令」により支払を猶予するというにある。この閉鎖命令は、昭和二〇年九月三〇日、連合軍総司令部が日本政府に対して発した「外地銀行、外国銀行および特別戦時金融機関の閉鎖に関する覚書」を指すのであるが、右覚書では、被告拓銀は、閉鎖機関に指定されていなかったのである。したがって、被告日銀の一係長にすぎない鈴木正一は、本件文書を作成する権限を有しなかったものである。

2  仮りに本件文書が右覚書にもとづくものでなく、昭和二〇年九月二二日、連合軍総司令部が日本政府に対して発した「金融取引の統制に関する覚書」にもとづく措置として作成されたものであるとしても、

(一) 原告らの被告拓銀に対する本件預金は、右覚書にいう「外国為替」にあたらず、「在外資産」にもあたらないこと、

(二) 右覚書は、日本政府を拘束するにすぎず、日本政府は、これを国内法化して、はじめて、国民の権利を拘束できるものであること

から、被告日銀の一係長にすぎない鈴木正一は、本件文書を作成する権限を有しなかったものである。

三  原告らは、戦後のインフレに遭遇したため、被告拓銀がいわゆる樺太預金の支払を開始した昭和二九年一二月一日まで右預金の返還を受けえられなかったのであり、このため、貨幣価値の下落により或いは特別事情により損害をこうむるに至ったので、原告らは被告らに対しその損害賠償を請求する権利を有する。

四  本件文書は、これが被告拓銀に送達された日から被告日銀が被告拓銀に「何分ノ通知」をするまでの期間、原告らを含む被告拓銀に対するいわゆる樺太預金者に対し、被告拓銀が、その預金返還請求権の行使を阻む旨の文書であるから、原告らと被告らとの間の「法律関係を証する書面」にあたるものである。

五  被告らは、原告らの被告らに対する前記損害賠償請求権存否の前提をなす本件文書の真正を主張しており、右請求権の成否は、原告らが預金返還請求権の行使を阻まれた昭和二〇年一〇月二日から昭和二九年一二月一日までの期間における原告らの預金返還請求権の存否にかかっているところ、右預金返還請求権の存否は、本件文書の真否が確定しない間は、確定しないのであるから、結局前記損害賠償請求権の成否はもっぱら本件文書の真否いかんにかかっているので、右文書が真正に成立したものでないことの確認を求めるため本訴請求に及ぶ。

と述べ、被告拓銀の主張四および五(被告日銀が同一の主張をした部分を含む)に対し、同主張四1のうち、「連合軍総司令部が、日本政府に対し、その主張の覚書を発したこと、」四23の事実および四5のうち「被告拓銀がその主張の法改正にもとづいていわゆる樺太預金について在外勘定を設置し、在外債務の受付を開始したのは昭和二九年六月一日であり、その支払いを開始したのは同年一二月一日であること」は認めるが、その余の事実は争う、

と述べた。

(被告拓銀の主張)

被告拓銀訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

一  原告らの請求原因事実中、被告拓銀が原告ら主張の頃樺太に支店を設置していたこと、被告日銀札幌支店作成名義の別紙文書が存在すること、および本件文書が連合軍総司令部の日本政府に対する昭和二〇年九月二二日「金融取引の統制に関する覚書」にもとづく措置として作成されたものであることは認めるが、その余の事実は争う。

二  本件訴は、民事訴訟法第二二五条にいう文書真否確認の訴であるが、原告は、本件文書が法的根拠なく作成されたものであり、したがって、被告日銀の係長である鈴木正一が権限なくして作成したものである旨主張しており、文書作成者に当該文書を作成する権限があるかどうかは、右訴の目的となりえないので、本件訴は、不適法である。

三  本件訴は、次の理由によっても、不適法である。

民事訴訟法第二二五条の文書真否確認の訴は、当該文書である一定の権利または法律関係を証する書面の真否確認によって直接に原告の権利ないし法律上の地位に存する危険ないし不安を除去することができる場合にのみ許されるべきものである。しかるに、

1  本件文書は、右にいう一定の権利または法律関係を証する書面にあたらず、文書真否確認の訴の対象とはなりえないというべきである。

すなわち、本件文書は、その記載内容からして原告らが主張するごとく原告らの被告拓銀に対する預金返還請求権の存否を証する書面でなく(かかる意味における文書は当該預金の証書ないし通帳である)、原告らの被告らに対する損害賠償請求権自体ないしはその前提となるなんらかの権利ないし法律関係を証する書面でもない。

2  本件文書の真否が仮りに確認されたとしても、この一事をもって、直ちに原告ら主張の原告らの被告らに対する被告拓銀の預金返還不履行にもとづく損害賠償請求権の存否を確定せしめ、この点に関する紛争を抜本的に解決することとはならない。したがって、本件文書の真否確認によって直接に原告ら主張の権利ないし法律上の地位に存する危険ないし不安を除去できることにはならないし、したがって、いわゆる即時確定の利益を欠くものである。

四  原告らは、原告ら主張の被告拓銀に対する預金返還請求権の行使が本件文書の存在によって阻止された旨主張するが、これは、事実に反する。すなわち、

1  連合軍総司令部は、日本政府に対し、昭和二〇年九月二二日在外資産の取引を禁止するに必要な法令の修正その他の措置を即時実行すべきことを命じた「金融取引の統制に関する覚書」を発した。本件文書は、右覚書にもとづく措置として大蔵省の指示により被告日銀に通達されたものである。

2  右覚書の内容は、昭和二〇年一〇月一五日公布の大蔵省令第八八号によって法令化され、これにより在外資産の支払は、法令によって禁止されるところとなった。

3  その後、昭和二九年五月一五日法第一〇五号により金融機関再建整備法の一部が改正され、従来禁止されていた在外負債の支払が在外資産の存する範囲内で許容されるに至り(第三八条の五第二項)、同法によって当該銀行の当該在外勘定が閉鎖されない限り(第三八条の八)、在外負債の支払は許容されているのである。

4  原告らの被告拓銀に対する預金払戻請求権の行使も右の例によって処理されるべきものであって、本件文書の存在とは関係ない。

5  しかして、被告拓銀が金融機関再建整備法の改正にもとづいていわゆる樺太預金について在外勘定を設置し、在外債務の受付を開始したのは、昭和二九年六月一日であり、その支払いを開始したのは同年一二月一日である。以来、被告拓銀は現在に至るまで確証のあるものに限りいわゆる樺太預金の支払を行っている。

6  したがって、本件文書の存在することによって原告ら主張の預金返還請求権の行使が阻止されたのではないのである。

五  原告らは、本件文書を作成した鈴木正一は、本件文書を作成する権限を有しなかった旨主張するが、これは事実に反する。

すなわち、本件文書が作成された当時、鈴木正一は、被告日銀札幌支店の営業課長であって、同人が右文書を作成するについては、当時の支店長北代誠弥、次長市田禎蔵の決裁を受け、上司の命により作成したものである。

以上のとおり陳述した。

(被告日銀の主張)

被告日銀訴訟代理人は、被告拓銀と同旨の判決を求め、被告拓銀と同一の主張(ただし、被告拓銀の主張四5を除く)をした。

(証拠関係)≪省略≫

理由

本件が民事訴訟法第二二五条に定めるいわゆる書面真否確認の訴であることは、原告らの主張自体から明らかである。

しかして、書面真否確認の訴は、目的文書の真否確認によって、直接原告の現在の法律上の地位について存する不安定が除去される場合にのみ許されるものと解すべきである。

ところで、本件文書は、その文書の内容から解すれば、被告日銀札幌支店から被告拓銀に対し外地関係の預金等の支払方取扱いにつき発せられた業務に関する一般的な通牒であり、せいぜい、被告日銀と被告拓銀との間の法律関係を証する書面であるにとどまり、原告らの主張するような原告らと被告拓銀との間の法律関係を証する書面ではなく(すなわち、本件文書では原告らが被告拓銀に対し、原告ら主張の期間預金返還請求権を有するかどうかは、全く不明であり、したがって、本件文書が右預金返還請求権を阻むかどうかも明らかでないことに帰する)、また原告ら主張のいわゆる樺太預金者一般と被告拓銀との間の法律関係を証する書面であるというのであれば、かかる特定の権利主体相互間の具体的な法律関係を証する書面でない書面は、書面真否確認の訴の対象となる書面となりえないと解すべきである(けだし、そうでなければ、この種の訴が抽象的な法律規範そのものの存否を確認する訴を許す結果となる)。

しかして、原告らが本訴において除去しようとする不安定な法律上の地位は、原告らの被告らに対する被告拓銀の預金払戻一時停止にもとづく損害賠償請求権の存否にあることは、原告らの主張から明らかであるが、本件文書の真否を確定しても、これによって、原告らが被告拓銀に対して、原告主張の期間、預金返還請求権を有していたかどうか、原告らの主張する被告拓銀の預金払戻の一時停止の措置が違法であるかどうかなどの諸点については、未解決のまま残るのであって、結局、原告らがその主張の損害賠償請求権を被告らに対して有するかどうかという法律関係を安定させることにはならない。したがって、本件文書の真否を確定しても、直接、原告らの現在の法律上の地位について存する不安定を除去することにならないから、原告らの本件訴は確認の利益を欠くものといわなければならない。

よって、原告らの本訴は、不適法であるから、その他の点について、判断をするまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳川俊一 裁判官 岸本洋子 裁判官藤井正雄は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 柳川俊一)

<以下省略>

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